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ヒトラー第四帝国の野望 [Intellectual History]

ヒトラー第四帝国の野望.jpg
シドニー・D・カークパトリック(伏見威蕃訳)
ヒトラー第四帝国の野望
講談社 2010年 378頁 1900円+税

1.鍛冶屋横町 1945年2月23日
2.歴史的建造物保護班 1945年7月19日
3.キャンプ・リッチーの兵士 1945年7月19日
4.ニュルンベルク侵攻 1945年7月19日
5.トールの大槌 1945年7月20日
6.パンドラの函 1945年7月21日
7.宿命の槍 1945年7月21日
8.ヒムラーの学者たち 1945年7月22日
9.アーリア人のイエス・キリスト 1945年7月22日
10.ヒトラーの御伽噺の王国 1945年7月22日
11.チュートン騎士団 1945年7月22日
12.城門に迫る 1945年7月23-25日
13.指揮系統 1945年7月26日
14.ヒムラーの特使 1945年7月26日
15.金庫室の鍵 1945年7月27日
16.ヒトラーの神聖帝国 1945年7月27-28日
17.エクステルンシュタイネ 1945年7月29日
18.邪悪のキャメロット 1945年7月29日
19.ホワイトハウス 1945年7月30日
20.ナチスの略奪品 1945年7月30日
21.キャンプ・キング 1945年8月1-4日
22.戴冠用宝玉 1945年8月5-6日
23.ファウスト風取り引き 1945年8月7-8日
24.第四帝国 1945年8月9-14日
エピローグ

謝辞
訳者後書き
付記

Sidney D. Kirkaptrock
Hitler's Holy Relics: A True Story of Nazi Plunder and the Race to Recover the Crown Jewels of the Holy Roman Empire.
New York: Simon & Schuster 2010


* * * * * * * * * *

5年もすれば古書街のゾッキ本ワゴンの常連となるであろう装丁にもかかわらず、中身は至ってまとも、どころかめっぽう面白い「中世史」である。

原題は「ヒトラーの聖遺物。ナチの略奪、そして神聖ローマ帝国宝冠の回収競争にまつわる真実の話」。著者は歴史番組のプロデューサー。かならずしも専門家ではないが、そうであるがゆえに、リーダーフレンドリーで、かつ、話の組み立て方がうまい。一度読み始めると休憩するのが惜しいと思わせるくらいの構成力が本書にはある。

本書の主人公はウォルター・ホーン(1908-1995)。といっても知らない人がほとんどであろうか。ホーンはドイツ生まれの中世建築史家で、ハンブルク大学のエルヴィン・パノフスキーのもとで博士論文を仕上げ、ナチによる支配が始まるや、アメリカに移住し、カリフォルニア大学バークレー校の初代美術史教授となった。平面図で著名なザンクト・ガレン修道院に関する大部の著作で研究者としての名声を不朽のものとしている。

本書はこのホーンの回顧録と家族へのインタビューに基づいている。語学力を買われ、パットン将軍の指揮下で兵役についていたホーンは、第二次世界大戦直後、MFAA(the Monuments, Fine Arts, and Archives program)の特別調査官としてある依頼をうける。それは、ヒトラーが接収したことは明かであったにもかかわらず行方不明になっていた神聖ローマ帝国の宝冠等の象徴的美術品の探索であった…。ヒトラーとその意を受けたヒムラーのオカルティックな世界観を背景に、一介のといっては失礼だが、特殊訓練を受けたわけでもなく、圧倒的な権限を付与されたわけでもない美術史家が、世紀の再発見に成功したその道筋の微に入り細をうがった再現は、フィクションであるジョーンズ博士やラングドン教授の冒険活劇よりも、遙かに面白い。

本書の目的とは離れるが、登場人物がかかわる学問史に思いをはせることができるのも本書の大きな魅力かもしれない。二つある。ひとつは第三帝国の学問であり、もうひとつはアメリカの戦後学問である。

第三帝国の「学問」が産みだした鬼子に、ハインリヒ・ヒムラーが1939年に創設したアーネンエルベとよばれる御用学問機関がある。名前が知られている割には、この機関それ自体についても、そこで働いていた学者についても、彼らが生み出した「学問」成果についても、日本語で読める文献はほぼゼロに等しい(実のところヒムラーの研究そのものもほとんどない)。本書ではほとんど触れていないが、じつは、ルーン学もまたアーネンエルベの最も重要な学問分野として、ナチの資金が投下されていた。第三帝国にいたるルーン学は実に興味深く、たとえば、その思想的源泉となったグイド・フォン・リストなどは博士論文のテーマに値する。さらのこのリストの英訳者もまた大変興味深い経歴…と書くときりがない。そのうちなにかにまとめることもあるだろう。なお、インディ・ジョーンズ「最後の聖戦」や鋼の錬金術師「シャンバラを征く者」は、アーネンエルベの思想がわかっていないとよく理解できないように思う。

ホーンが奉職したバークレー校ですぐに思い当たるのは、かのエルンスト・カントロヴィチもまた、ナチの迫害を逃れ、ここで教鞭を執った時期があったことである。しかし、マッカーシー旋風のさなか、カントロヴィチはバークレーを去り、ホーンは残った。戦後アメリカの中世研究は、基本的にヨーロッパからの移住者が作り上げたようなものであるが(ビザンツのカジュダンとかロシア史のヴェルナルツキとか経済史のロペスとか)、ホーンもその立役者の一人である。アメリカにおける学問的中世研究は、12世紀ルネサンスで著名なチャールズ・ホーマー・ハスキンズが始めたとするのが正史であるが、現在に至る中興の祖はまちがいなく、移住者たちである。

なおホーンの義兄はエーリヒ・マシュケ。本書にも登場する。ドイツ騎士団の研究で頭角を現した中世史家であるが、ナチスに協力した学者として戦後指弾された。どういう経路かわからないが、その蔵書は立教大学によって購入され、新座の保存書庫に所蔵されている。書き込みなどを検証すればナチス研究にとって大きな意味を持つ結果が出るかもしれない。

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