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レオナルド・ダ・ヴィンチ [Arts & Industry]

レオナルド・ダ・ヴィンチ.jpg
マーティン・ケンプ(藤原えみり訳)
レオナルド・ダ・ヴィンチ 芸術と科学を越境する旅人
大月書店 2007年 245+35頁

はじめに
序文 レオナルドと「簡略を好む人々」
第1章 奇妙な経歴
第2章 見ることの意味
第3章 身体と機械
第4章  生きている地球
第5章 物語を語る
第6章 リザの部屋 レオナルド亡き後に

訳者あとがき
ギャラリー
図版・挿図リスト
年譜
参考文献
索引


Martin Kemp
Leonardo
Oxford UP 2004

* * * * * * * * * *

新幹線で読もうと思って駅近くの本屋で適当に見繕ったものだが、あたり。訳文も立派。

著者の名前は美術史家ではないわたしでも聞いたことがあった。それくらい著名なオックスフォード大学の美術史学の教授(現在は名誉教授)であり、ダヴィンチ研究の世界的権威である。『ダヴィンチコード』とかいうくだらない三文小説が世界的に大当たりしたために、ダヴィンチ産業の中心人物としてマスコミに引っ張りだこ、その結果としてケンプの名声もますます高まったようである。

ケンプの手法は草稿研究である。万能のルネサンス人の名をほしいままにするダヴィンチについて、結局のところわたしたちは、彼が画家として残した僅かながらの作品の中に、ダヴィンチの本質を見ようとする。それは間違いではないのだろうけれども、『モナリザ』のような絵画は、ダヴィンチの才能の完成されたその最後の姿であって、彼の横溢するルネサンス的知性は、膨大な数が現在に伝来するかれの草稿の中に刻まれている。それゆえに、草稿研究こそ、ダヴィンチを理解するためのもっとも有力な手がかりであるというのが、ケンプの持論である。

結果よりもプロセスを、という態度は、数学の証明問題にも似る。事実ケンプは、ケンブリッジ大学の学部時代は自然科学を専攻し、その後コートールド研究所で美術史をおさめた。日本風にいえば文転か。ともあれこのような経歴がケンプを当代一流の美術史家にしたわけである。『レダと白鳥』のデッサンにみえるレダの上品に巻き上げられた髪には水流の螺旋の研究成果が反映されているといったような見解は、文理双方の学を修めたものでなければ到達し得ない。かの『ネイチャー』にもしばしば掲載されるという。

自然科学を身につけた研究者が美術や文学といったド文系に切り込む、または人文科学を修めた研究者が理科系の知識を駆使し、文献を読み解く。近年日本でも、ゲーテの自然科学に対する関心からこの文豪の人生を再解釈しようとする、石原あえか『科学する詩人ゲーテ』(慶應義塾大学出版会 2010年)のような好著を手にすることができるようになった。同じことは森鴎外にも斉藤茂吉にも宮沢賢治にも適用できるだろう。

と書いてみたが、文理がくっきり別れ、数学記号が文章中に挟み込まれるだけでめまいを起こしかねない文系や文章に織り込まれた比喩や装飾に何の意味も見出せない理系が激増した現在がおかしいのである。相互の知識は本来的に関連していたはずである。万能のルネサンス人というが、分野を超えた知識に精通する知識人が珍しくなかったのは別にルネサンスだけではなく、中世も古代もそうであった。だって求められる基礎知識とは、文理をひっくるめた自由学芸でありアリストテレスであったのだから。

ところでなぜ大月書店はかような本を出版しようという気になったのだろうか。


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