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ビザンツ 驚くべき中世帝国 [Medieval History]

ビザンツ 驚くべき中世帝国.jpg
ジュディス・ヘリン(井上浩一監訳)
ビザンツ 驚くべき中世帝国
白水社 2010年 469+xxviii頁

はじめに もうひとつのビザンツ史

第1部 ビザンツ帝国の基礎
第1章 コンスタンティヌスの町
第2章 コンスタンティノープル キリスト教世界最大の都市
第3章 東ローマ帝国
第4章 ギリシア正教
第5章 聖ソフィア教会
第6章 ラヴェンナ・モザイク
第7章 ローマ法

第2部 古代から中世への移行
第8章 イスラームへの防波堤
第9章 イコン 新しいキリスト教芸術のかたち
第10章 聖像破壊運動と聖像崇敬
第11章 読み書きのできる社会、はっきり表現する社会
第12章 「スラヴ人の使徒」聖キュリロスと聖メトディオス

第3部 中世国家となるビザンツ帝国
第13章 「ギリシアの火」
第14章 ビザンツの経済
第15章 宦官
第16章 宮廷
第17章 皇帝の子供たち 「緋産室の生まれ」
第18章 アトス山
第19章 ヴェネツィアとフォーク
第20章 バシレイオス2世「ブルガリア人殺し」
第21章 11世紀の危機
第22章 アンナ・コムネナ
第23章 コスモポリタン社会

第4部 ビザンツの多様性
第24章 十字軍を支えたもの
第25章 並び立つ塔 トレビゾンド、アルタ、ニカイア、テサロニケ
第26章 反乱者とパトロン
第27章 「ローマ教皇の三重冠よりもトルコ人のターバンのほうがよい」
第28章 1453年の包囲

おわりに ビザンツの偉大さと遺産

地図
皇帝・支配者一覧
略年表
監訳者あとがき
図版目録
参考文献と引用史料
索引

Judith Herrin
Byzantium. The surprising life of a medieval empire
London 2007

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良書。すべての中世史家は読むべき。ビザンツの影を踏まずに済ますことのできる西洋中世のテーマなどありはしないのだから。

一言で言えばビザンツ千年の通史。しかしギボンのような皇帝列伝でもなければ、オストロゴロスキーのような(退屈な)政治史でもない。程よい分量に区切った各章ごとにテーマを立て、通読することでビザンツ社会のさまざまな側面が分かるようになっている。ヘリンの筆力も卓抜しているのだろうが、一般向けのペンギンブックスなので、編集者が相当辣腕を揮ったのではないかと思う。

個人的に面白かったのは第4部。1204年の第四回十字軍以降のビザンツ世界である。よく知られた事実であるが、1204年、聖地に向かうはずであった西欧の十字軍士は、首都コンスタンティノープルを略奪し、ラテン帝国を樹立する。その惨状はビザンツを代表する歴史家ニケタス・コニアテスがつぶさに記すところである(近々岩波書店から刊行されるウンベルト・エーコの小説『バウドリーノ』も、まさにその場面から物語がはじまっている)。しかしながら、ビザンツ帝国はこれをもって滅びたわけではなかった。トレビゾンド、エピロス、ニカイアのそれぞれが帝国の後継者を自称し、1261年にはニカイアのミカエル・パライオロゴスがコンスタンティノープルをラテン帝国から再占領した。かつて野歴史叙述であれば栄華を誇ったビザンツ帝国の解体として否定的に理解されがちな中世後期のビザンツ世界を、ヘリンは「いくつかの中心をもつ新たなかたちの複合体として再生した」帝国として捉える。

かくしてビザンツ文明は、ロシアへ、トルコへ、そしてイタリアへと流出し、それぞれの地域でそれぞれのやりかたで継承されることになる。イタリア・ルネサンスは、フィレンツェ=フェッラーラ公会議、ベッサリオン、ゲミストス・プレトンの名前と切り離すことはできない。ブルクハルトの古典は、イタリア半島に割拠する「芸術としての国家」が、まさにビザンツからの知識の伝播を受け止めることによってルネサンスがはじまることを主張する。ビザンツを知れば知るほど、その西欧との文化交渉の緊密さを実感することになる。

印象に残った一文を。「民衆の感情に訴えるイコンの力については、ひょっとすると、もっとも良く理解したのは1930年代のソヴィエトの地方司令官たちかもしれない。教会の影響力に対抗するよう命じられたとき、彼らはイコンを並べて、それらに死刑を言い渡し、射殺したという」(147頁)。中世ヨーロッパでは動物裁判というものもあったが、1930年代というのが驚きである。共産圏おそるべしというべきか、ロシア人の信仰心に驚くべきか。

著者のヘリンは1942年生まれ。イギリスのビザンツ史学会は、ヘリンだけでなく、エイヴリル・キャメロン、レズリ・ブルベイカら、女性研究者が大学の主要ポストを押さえている。初期中世史もロザモンド・マッキッタリック、ジャネット・ネルソン、ポーリーン・スタッフォードといった女性の存在感が圧倒的である。いずれもジェンダー研究でも成果をあげているが、そこに拘泥するわけではなく、法や歴史記述など割合古典的なテーマを追求するのが、アメリカの女性学者と違うところであろうか。

なお本書は、「ビザンツ史って何でしょうか」と著者の研究室を訪れた建築作業員にわかるような内容にしたそうである。これが本当だとするならば、ロンドンのドカタのあんちゃんは随分と知的好奇心が高い。『マスター・キートン』の主人公が廃校寸前のパリの労働者学校で教鞭をとる話を思い出した。

本書を3年で上梓した翻訳チームは素晴らしい。

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