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アッシジの聖フランチェスコ [Medieval Spirituality]

アッシジの聖フランチェスコ.jpg
ジャック・ルゴフ(池上俊一・梶原洋一訳)
アッシジの聖フランチェスコ
岩波書店 2010年 xxii+245+38頁

序文
年表
フランチェスコの主要著作及び主要な伝記一覧

1章 封建世界の変革と重圧に挟まれたアッシジのフランチェスコ
2章 真実の聖フランチェスコを求めて
3章 アッシジの聖フランチェスコと13世紀フランチェスコ伝記作者たちにおける社会的カテゴリーの語彙
4章 フランシスコ会と13世紀の文化モデル

訳者あとがき
参考文献
原注

Jacques LeGoff
Saint François d'Assise
Paris: Gallimard 1999

* * * * * * * * * *

本書をフランチェスコ研究の最新の成果だと思って読んではいけない。四つの論考の初出は、1981年、1967年、1973年、1980年。部分的に手を加えているとはいえ、30年前に出来上がっていた枠組みである。ルゴフの書いたものに馴染んでいる人はよくわかると思うが、これらの論考は、ルゴフが歴史人類学に傾く以前の関心が反映している。つまり社会カテゴリー論を通じた構造のなかに人物を位置づけるという、ある種古典的な作法である。さらに特徴的であるのは、『煉獄の誕生』や「封建制の象徴儀礼」で展開したルゴフお得意の語彙研究によるアプローチだということである。

だからといって読むべきものがないかといえば、全くそんなことはない。帯のあおりは「「私の」フランチェスコ」、つまりルゴフが見たいフランチェスコである。読書家はそのようなものとして本書を味読すればいいし、研究者はルゴフの語彙研究アプローチに学べばいい。心性史は終わったという議論はわが国に限らず世界中であるが、私はそうは思わない。適切な手続きを踏まずに思い込みや人様の議論の切り貼りで心性を語ろうとするからダメなのである。

ある種アプローチの手法が固まっている政治史や行政史と異なり、証言との真摯な対話が必要となる心性史や社会史は、初学者が容易に成果を出せるものではない。ルゴフの心性史は、語彙研究をつうじて同時代社会における価値観を抽出し、その価値観を社会構造の中で評価することによって、価値体系を練り上げる。そうして練り上げられた価値体系を前提とした上で、ある集団や個人がその価値観にどのように対峙するのかを見定める。そういった意味ではスコラ文献を文献学的に読み解く古典的な歴史家であり、さらに言えば68年を通過した人なのである。心性史に関心のあるものは、ルゴフが導き出した結果に目をやるのではなく、彼がたどった論証プロセスとそのプロセスが適用された史料に注目すべきであろう。

ちなみにフランス語圏でフランチェスコ研究をリードするのは、ルゴフの教え子のアンドレ・ヴォシェとトゥベールの弟子のジャック・ダラランである。すでに述べたようにルゴフが社会学的アプローチを取るのに対し、前者は霊性史、後者はテクスト研究からフランチェスコに迫る。日本語ではすでにキアラ・フルゴーニ『アッシジのフランチェスコ』という瀟洒な伝記もよめる。序文はルゴフがしたためる。

本書と出版同日、岩波書店からもう一冊中世史の翻訳が出た。ベルナール・グネ(佐藤彰一・畑奈保美訳)『オルレアン大公暗殺 中世フランスの政治文化』である。原著者も訳者も対象もあらゆる意味で対照的な二冊である。



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