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初期ヨーロッパ美術 [Arts & Industry]

初期ヨーロッパ美術.jpg
柳宗玄
初期ヨーロッパ美術(柳宗玄著作選3)
八坂書房 2010年 408頁

総説 ヨーロッパ美術の二潮流
第1章 ケルトの伝統とその新展開
第2章 ゲルマンの伝統とその新展開
第3章 地中海美術の変貌
第4章 カロリング朝とヨーロッパ美術の形成

図版解説
関連地図
あとがき

* * * * * * * * * *

柳の著作選集も残すところあと一冊。柳は1917年生まれであるから、御年93歳である。

すでに指摘されて久しいことであるが、西洋美術史は、古典古代のプロポーションと価値観念をひとつの理想として構築された歴史である。したがって、そこから逸脱する作品は、退廃とまではいかなくても、一等低い評価しか与えられてこなかった。西洋中世美術、とりわけ初期からロマネスク期にかけての美術は、古典古代の技術を書いた野蛮人の稚拙な技として長らく認識されてきた。本書はこのような見方を排し、野卑とされたゲルマン人の美術、つまりヨーロッパ的価値観では、絵画・彫刻・建築ほど注目を浴びてこなかった工芸に注意を向ける。朝鮮工芸の価値を再発見した父の仕事に重なるものがある。

このような異議申し立てにはじまる本書は、ケルトという基層文化、ゲルマンという新来文化、地中海という古典文化が、ヨーロッパ半島の各地にて、ことなるペースで融合し、場合によっては退潮する様を描いている。最終的には、カロリング朝からオットー朝という復活した西ローマ皇帝たちの支配領域に目を向け、そこにロマネスク世界を胚胎する「ヨーロッパ美術」が生まれたことを論じ、別巻『ロマネスク美術』へと話をつなげる。個人による美術通史だからこそ可能となった、中世的世界の誕生、である。

一般史家にとって、写真の多くは、文章の補助である。しかし、美術史家にとって、写真は、いのちである。文章が写真を凌駕してはならず、かといって写真の蔭に文章が隠れてもいけない。柳は小著から大部の概論までさまざまなタイプの本を物しているけれども、この二つのバランスが絶妙である。

「この小著は、海外の学者の論著を机上で整理し、その中から自分の意見を引き出して書いた、というようなものではない。もちろん私は多くの研究を参考にしたが、何よりも先ず、自分で実際に現地を歩き、自分の手で触れ、そして自分の頭で考えてみることを心がけた。」『秘境のキリスト教美術』

現物主義である。そして本書に収められる写真も、写本を除いて柳自身が撮りためたものである。文章と写真、いずれも柳自身の生命が流れている。言ってみれば柳の分身であろうか。その随伴者である編集は、八尾である。

表紙はミラノのサンタンブロージョ聖堂にある祭壇。9世紀のものだったかな。この春に実物を間近で見たが、とても写実的で、ゲルマン工芸とは別の意味で、初期中世美術に対する思い込みをぐらつかせるに十分なインパクトがあった。


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