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スカンジナビヤ伝承文学の研究 [Medieval Scandinavia]

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松下正雄
スカンジナビヤ伝承文学の研究
創文社 1965年 304頁

参考書
省略表記法

1.スカンジナビヤ神話文学
2.スカンジナビヤ英雄譚詩の代表的作品およびスウェーデンの碑文
3.Eddaの詩形
4.宮廷詩人とその詩

索引

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本書も知られざる好著か。昔の学者が書いた本ゆえに、何が新しいわけじゃないけど、丁寧に書いている。もちろん北欧に関心のある人以外は読まないだろうけど。

わたしは北欧神話には特に興味はないので、第四章がありがたい。スカルド詩人について書かれた、日本では数少ない文献。あとは谷口幸男が書いた論文と、『スカルド詩人のサガ』の翻訳解説くらい。スカルド詩人は中世北欧を考えるに当たってとても重要な位置を占めているので、ほんとうはスカルド詩の翻訳とともに紹介されるべき。しかし、サガと違ってスカルド詩の解釈は大変難しいので、今の日本の現状ではなかなか紹介レベルですら実現しないだろう。わたしもいやだ。フィンヌル・ヨンソンにかわる新しい刊本も出始めた。

文学者にとって韻文は重要だけれど、歴史家にとってはそれほどでもない、というのもそこに「事実」がないから。こういった理解が長年まかり通ってきた。別にそれは嘘ではなくて、韻文から「事実」の核を取り出すのは至難の業である。しかしながら、中世北欧史にとってこれは大問題である。サガに書かれている内容が事実かそうでないかを分ける一つの基準は、スカルド詩に関連する事実が書かれているかどうかだからである。13世紀にまとめられた『ヘイムスクリングラ』は太古から1177年までの歴史的事実を書いているけれども、ヴァイキング時代の出来事の真実性を担保するのは、同時代に作成され伝承という形でスノッリに伝わったスカルド詩の存在である。

ノルウェー初期王権に関する記述は『ヘイムスクリングラ』以外に残っていないことが多いが、まともな歴史家であれば、13世紀に書かれたものが10世紀の出来事をまともに伝えるはずがないと考えるだろう。そこでご登場願うのが、スカルド詩である。非常に単純化して言えば、スカルド詩で確認できることは事実として考えてよし、そうでなければ留保せよ、ということである。スカルド詩から引き出された事実の核をもとに、それに肉付けする形で、ノルウェーのヴァイキング時代の歴史は再構成される。比較的イングランドや大陸の年代記に記述が残るデンマークとは大きな違いである。ノルウェー初期史など、この程度の理解の上に乗っかっていることを、中世史家は銘記すべきである。この人は、史料解釈に対しとても保守的な方で、『ヘイムスクリングラ』の記述を比較的信用しているほう。私もどちらかと言えばそうだけど。

しかしスカルド詩はただ歴史的事実の担保にばかり使うべきものではない。ヴァイキング社会にとってスカルド詩をうたうスカルド詩人は不可欠の存在である。君主の業績はこのスカルド詩によって記憶される。そういった意味では、ピーター・ゴドマンがカロリング時代についておこなったように、政治社会史の史料となるが、そのような試みは非常に少ない。刊本が出揃ったら、ぜひやってみたくはある。

写真は17世紀の写本に描かれたスカルド詩人エギル・スカッラグリームソン。エギルのサガは谷口幸男の『アイスランドサガ』に全訳がある。

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