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ルーン文字の世界 [Runes]


ラーシュ・マーグナル・エーノクセン(荒川明久訳)
ルーン文字の世界 歴史・意味・解釈
国際語学社 2007年 280頁

日本語版刊行に寄せて
目次
凡例

謝辞
はじめに

ルーン研究略史
北欧以外の古文献に現れるルーン文字の情報
北欧の古い文献に現れたルーン文字の情報
古北欧型ルーン
古北欧型ルーンの碑銘
ヴィーキング時代のルーン文字
ルーン入門
ヴィーキング時代のルーン碑銘
イッテルイェーデ石碑、ウップランド(U.344)
コールスタ石碑、ウップランド(U.668)
グリップスホルム石碑、セーデルマンランド(Sö.179)
イェードゥ近傍の漂石に刻まれた碑文、ウップランド(U.112)
中世のルーン文字
中世のルーン碑銘
ルーン暦とルーン杖
ルーン・ガルドゥル
アングロ・フリージア型ルーン
ルーン文字研究史:16世紀中期~20世紀末期
ナチ党に歪曲されたルーン文字
ルーン文字と現代

訳者あとがき
参考文献
参考文献(訳者)
関連用語・索引

Lars Magnar Enoksen
Runor. Historia tydning tolkning.
Lund: Historiska Media 1998

* * * * * * * * * *

アカデミックの世界に身を置く人のほとんどは、著者も、出版社も、訳者も知らないのではないだろうか。装丁も一般向けでなんだか胡散臭いと感じる向きもあるかもしれない。ところが、本書は日本語で読めるルーン文字研究としては最良のものである。

1960年生まれの著者エーノクセンは、一風変わった経歴を持つ。彼は大学で学位を取得すべく専門の教育を受けたわけではない。北欧に古来よりある格闘技グリーマの継承者(そんなものがあるとは知らなかった)として、その名を知られるのみだった。しかし、1990年代後半より、独学の成果として本書をはじめ、ヴァイキング時代に関するリーダブルな著作を次々と出版し、いまやアカデミック世界と一般読書界をつなぐ貴重な執筆者として、その地位を確立している。北欧では彼のような半アカデミシャンのような人物をしばしば確認することができるが、サイエンスライターの人文学版とでも位置づければよいのだろうか。

これまで日本語で読めるルーンの手引きでまともなものは二冊しかない。
谷口幸男『ルーネ文字研究序説(広島大学文学部紀要30特集号1)』(広島 1971)
レイ・ページ(菅原邦城訳)『ルーン文字』(学芸書林 1996), 141頁

前者は一般読者が手にすることは難しい上に内容がやや古く、後者は、ブリテン諸島の事例に偏っている。そういった意味では、北欧の事例を紹介するエーノクセンの著書は貴重な存在と言える。一般向けであるせいか、図版等が大変多いというのもポイントが高い。文字の持つ象徴性やその形象変遷などは、いくら活字で微に入り細をうがって説明されてもたやすく実感されるわけではない。

本書の特徴として、ルーン文字の研究史にかなりのページを割いていることがあげられる。ルーン研究の確立者がスウェーデンのヨーハン・ブーレとデンマークのオーレ・ヴォームであることは定説であるが、それ以外の、これまで(一部の研究を除き)知られていなかった著述家たちにも光を当てている。在野にあってルーン研究に一石を投じようとする自らに重ねるがごとくである。こうしたルーン研究の歴史は、現地北欧にあってもほとんど未開拓であり、今後の展開が待たれるが、本書はそうした分野へ読書界の関心をひきつける呼び水としての役割を果たすのではないかと思われる。

本書はルーン研究に北欧各国のナショナリズムが持ち込まれていた過去(ルーンの生成地はどこかという問題)を懸念し、近年ナショナリティを異とする研究者の相互交流が盛んであることに賛意を表する。確かにそうなのだが、私たちは本書が無意識的にスカンディナヴィアという枠の中でルーンの展開を考えていることに留意しなければならない。少なくともヴァイキング時代以前のルーンに関して、スカンディナヴィアという枠がそれほど意味を持たない、いや有害ですらあることは、近年の研究者の共通了解である。著者は未だにルーン文字の生成地を、かつてヴォームやモルトケが主張したようにデンマークと考えているようだが、近年かなりの証拠を持ってこのような見解に異を唱え、ローマ世界との接触地を候補地とする見解のあることを知っているのだろうか。また、ルーン石碑建立の背景となる歴史的事実に関しても、やや想像的な箇所が散見される。

いずれにせよ、2600円でこれだけの内容を得られるのはありがたい。北欧経験の豊富な訳者による固有名詞のカタカナ表記は、私は少しやりすぎかなと思わないでもないが、北欧言語の音声面における複雑さというか豊かさを知るよい機会となるだろう。


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