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The Christianization of Iceland. Priests, Power, and Social Change 1000-1300 [Medieval Iceland]


Orri Vésteinsson
The Christianization of Iceland. Priests, Power, and Social Change 1000-1300.
Oxford: Oxford UP, 2000, 318 p.

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Abbreviations

Introduction
1. Prehistory
2. The First Christian Institutions
3. Churches and Property
4. The Bishops
5. The Priests
6. The Church and the Increase in Social Complexity

Bibliography
Listo of terms
Index

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著者はアイスランド大学で修士号を、ロンドン大学で博士号を取得した後、アイスランド大学で考古学を教えている。オックスフォードはケンブリッジのように、中世史のシリーズを擁しているわけではないが、出版するもののクオリティは全体的に高いように思える。本書も比較的小さなフォントで、ぎっしりとデータが詰まっており、アメリカ式の版組みであれば、五百頁弱に達するのではないかと思う。

北欧は、考古学ではおなじみの、石器・青銅器・鉄器という三時代区分を編み出した土地(デンマークのトムセンと、彼の手法を継承したスウェーデンのモンテリウス)であり、考古学そのものは今でも盛んである。ただし、発掘作業に国家が投下する資金は必ずしも多いわけではなく、発掘そのものが中途で停滞していたり、発掘自体は終了していたとしても発掘報告書が未刊行の場合が少なからずある。そういった場合、現役の研究者が取る選択は、発掘ではなく踏査というお金のかからない方法で解決の可能な問題の建て方をするか、過去の調査記録のデータを再解釈するか、となる。

北欧の考古学といった場合、そこで前提とされるのはデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドとなる。しかしながら、北欧にはもう一つ、人口30万弱の小国アイスランドがある。エッダとサガのイメージがあまりに強く、それ以外の情報はかき消されがちであるが、『植民の書』に記録される870年頃、またはそれ以前の時代から、入植はおこなわれており、だとするならば、その痕跡は発掘によって日の本に曝されるようになるはずである。著名なところでは、スノッリの生家のあるレイクホルトであろうか。私が訪れたときも、確かに発掘跡があった。それが居住空間のなかのどの部分に当たるのかはよくわからなかったが、アイスランドの発掘者にとっては、郷土、というか国家の偉人の生活痕をたどる旅となるのだから、心躍る発掘作業だったのではと推測する。日本で言えば、長屋王の居住跡にでも相当するのだろうか。

本書は、主として同時代サガに代表される文献史料に記載される地名等をもとに、紀元千年ごろに導入されたキリスト教がアイスランド社会に与えたインパクトを、比較的長期のスパンを取って分析したものである。テクスト分析ではなく、極めて地道な手法でコンテクスト再現を目指しているという点で、貴重でもあり、今後のアイスランドのキリスト教化研究にとって出発点ともなろう。私はざっとしか目を通していないが、余裕ができたら精読してみたいと思う。

近年のヴェーステインソンは、アイスランド考古学の専門誌を立ち上げ、文献を少し離れて(無視しているわけではない)、居住空間の調査を精力的におこなっている。さらに手を広げ、生態系システムを専攻する極地研究者らとともに、グリーンランドを含む北大西洋世界の居住システムの解明に乗り出しており、大変興味深い。
Orri Vésteinsson, Thomas H. McGovern & Christian Keller, Enduring impacts: social and environmental aspects of Viking age settlemet in Iceland and Greenland, in: Archaeologica Islandica 2(2002), pp. 98-136.

アイスランドは、ノルウェーからの移民によってうまれた国家だと、長らく信じられてきた。これも一つの起源神話であり、その神話が中世以来アイスランドという政治的枠組みをどのように規定していたのかを検討すること、極めて意味のある研究だといえる(モノグラフは多分まだない)。しかしながら、近年のDNA研究は、そのような見方を覆すデータを提供している。現在のアイスランド人男性のDNAを調べるに、アイスランド南方のケルト語圏、つまり北ブリテン沿岸部の住民との共通するDNAデータの占める割合が、ノルウェー語圏のデータの占める割合よりも、遥かに多い、というのである。
A. Helgason, et al., Estimating Scandinavian and Gaelic ancestry in the male settlers of Iceland, in: American journal of human genetics 67(2000), pp. 697-717.

これはもちろん現在のデータを調べたわけだから、それをそのまま千年前の状況に適用することは、統計学的見地から言っても適切ではないだろうが、示唆的というか衝撃的なデータではある。アイスランドは、国民の可能な限りのDNAデータを、これまた可能な限り遡った家系データとともに、英語圏の民間製薬会社に有償で提供したという、日本ではちょっと考えられないことをやってのけた国であるが、ヘルガソンの論文は、その副産物である。

また、研究をめぐる言説空間を考える上で興味深いことであるが、比較的最近まで、アイスランドとケルト系との関係を論じることが許されなかったことを、ギースリ・シグルズソンはその著書の序文で述べている。
Gísli Sigurðsson, Gaelic influence in Iceland. Reykjavík, 2 ed, 2000(1 ed., 1986).

南北朝鮮が日本との、ポーランドがドイツとの、パキスタンがインドとの関係を認めたがらないというのは、現在進行形の政治的関係からわからないでもないが、アイスランドとケルト語圏というのはどういうことなのだろう。タラ戦争はイギリスとだから関係ないし。現在ケルト世界との関係はレイキャヴィークの国立博物館にも展示されるくらいだから、アイスランド社会においても既に受容されていると考えてもよいのだろうが、シグルズソンに向けられたかつての冷ややかな目は、旧説にのっとって教科書を書いた研究者の体面の問題と理解していいのだろうか。


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